湖東 リトル シニア。 元プロ野球選手が指揮する湖東リトルシニア(滋賀)。チーム発足わずか8年で全国大会に出場できたワケ【前編】(高校野球ドットコム)

今になってその時に協力して頂いた方には申し訳ない気持ちがあるので、今の選手たちには周りに助けられて今の自分があるというのを感じてほしいと思います」 練習に関しては投手出身の村西監督が主に投手を担当。

その理由は自身の現役時代への反省も含まれているという。

2011年1月に立ち上げ準備を始め、翌年4月にチームが始動した。

近所に住んでいた先輩から誘われて、土山・山内スポーツ少年団に入団した。

着実に成果を出している湖東リトルシニアはどのようなチームなのだろうか。

ワンプレーに対してなぜこの練習が必要なのかという意図を私は考えて野球をしておけば良かったなというのがありますし、周りの方々の協力があって野球ができているんだというのを感じてほしい。

昨年もエースの南琉人がMCYSA全米選手権の日本代表に選出されている。

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「最初は全然ストライクが入らず、バッターも抑えられず、苦しんでいましたが、6年生になると、だんだん自覚が芽生えて、バッターを抑えることの楽しさを覚えました」 投手としての楽しさを知った南は中学に上がると、湖東リトルシニアに入団。 「野球だけをしていれば良いとなるのはやめてほしいというのが一番にあります。 1期生の卒団生はわずか4人だったが、2期生以降は10人前後の選手が集まるようになり、現在は新3年生が12人、新2年生が8人所属している。 「どうしても硬式野球となると、場所を確保するのが大変なので、最初の2年間は色んな場所を借りて限られた中での練習でした」と村西監督は当時を振り返る。 元プロ監督が最初に苦労したのは設備の確保 チームを立ち上げたのは村西哲幸監督。 野手に対しては「僕がピッチャーだったら君みたいなバッターはこう思う」、「ここをこうすればピッチャーが嫌なんじゃないか」といったように投手目線で声をかけることはあるが、主な指導はコーチ陣に任せている。 着実に成果を出している湖東リトルシニアはどのようなチームなのだろうか。 高校時代はのエースとして3年時に春夏連続甲子園に出場している。 それでも2012年12月に東近江市に本社を置く株式会社関西オークラのグラウンドを練習場として使えるようになり、現在は恵まれた環境で練習を行うことができる。 卒業後はドラフト3位で横浜ベイスターズに入団し、7年間のプロ人生を歩んだ。
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